東亜建設工業

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2023卒
INTERNSHIP
ENTRY

世界の架け橋となる
国に
技術で躍動する力を。

INTRODUCTION
コンテナターミナルは、世界各国で重要なインフラと位置づけられ、様々な技術力がそそがれている。国際的に見ると、シンガポールと上海(中国)がその代表格であり、長年に渡りしのぎを削り合ってきた。 東亜建設工業が挑んだのは、シンガポールにおけるコンテナターミナルの新設工事。その歴史は2005年に遡り、パシルパンジャン地区の約70%を占める9プロジェクトを完成させた。8つ目のプロジェクトに関わった二人がその難しさとやりがいを語る。
01
Pasir Panjang Container Terminal
Construction Project

それぞれ500人以上もの作業員を
動員した巨大プロジェクト。

古くから世界の貿易の中継地点として栄えた国、シンガポール。東南アジアの小さな国では、今日も数え切れないくらいの船が、様々な積み荷を抱え、入港している。世界中から船が集まるシンガポールは、混雑するコンテナ港としても有名であり、コンテナターミナルの新設工事は、喫緊の課題。

今回、東亜建設工業はパシルパンジャンで8つ目のプロジェクトとなる新たなコンテナターミナルの建設に挑むことになった。「今回は6バースの護岸上部工事と、それに付随する全体面積75haを対象としたコンテナヤードの建設工事を受注しました」。そう話すのは、当プロジェクトに関わった千田。RC杭打設工36,000本、排水工13,300m、水道工4,300m、下水工2,500m、変電所建屋2棟、コンクリート数量278,000立方mという、超大型工事。現場で施工管理を行うコンストラクションマネージャーとして、1日で最大500人を超える作業員を取りまとめていたという。

02
Pasir Panjang Container Terminal
Construction Project

求められるモノをつくるための
コミュニケーション。

「今回の工事で特に難しかったのは、コンテナヤードの建設ですね。コンテナを保管する場所のコンクリートの表面仕上げをプラスマイナス3mmで施工してほしいという特別要望が出たのです」と話すのは、入札から当プロジェクトに関わり、プロジェクトマネージャーとして、現場管理運営を行っていた大澤。3mmしか猶予が許されないわけは、コンテナを運ぶクレーンが無人全自動で稼働するため。少しでも誤差があると、正確にコンテナを運べなくなってしまうのだ。そのコンテナヤードの建設は、シンガポールの地元協力会社に発注しており、その品質管理も難航したと言う。「日本の建設会社として私たちが考える工事の品質に合致するように、協力会社の管理は徹底して行いました。彼らの失敗は自分たちの失敗。そして、失敗すれば発注者に迷惑が掛かることになる。そこを十分に担保することも我々の使命です」と大澤が話すように、雨季に仮設道路が冠水してしまった時は、協力会社と一緒になって問題を解決し、品質が確保されていないときは納得してもらえるまで指導を行った。一方で千田は「現場での作業は協力会社の担当ですが、材料の納入は私たちが行っていました。ロスを最低限に抑えるためのモニタリングは常時欠かせませんし、先手を打たなければ工事が滞ってしまう。そして、仕入れ業者にある程度の無理を聞いてもらうためには、友好的な関係も築かなくてはなりません」と話す。海外で様々な人とコミュニケーションを取る。その難しさは、想像に難くない。

03
Pasir Panjang Container Terminal
Construction Project

情熱があれば、
いくらでも戦える。

コミュニケーションが大切だとは言っても、千田は赴任当初、英語はほとんど話せなかったと言う。「赴任前に勉強はしましたが、当然、現場で使えるレベルの英語ではありませんでした。かろうじて、イエス、ノーと答えられる程度だったと思います。じゃあどうしていたかというと、絵を使って説明していたんですね。伝えたいという想いがあれば、絵でもきちんと伝わるものです」と千田は当時を振り返って笑う。海外で戦うことと、英語が話せることは同義ではない。日本にしろ、海外にしろ、大切なのは目の前の課題を解決するための情熱があるかどうか。「竣工した時にやりがいを感じるのはもちろんですが、私の場合、工事の途中で出くわす困難に逃げずに立ち向かい、解決できた時が一番嬉しいですね。そして、様々な国の方が一致団結し、課題解決に向かうチーム感が好きなんです」と大澤もうなずく。では、二人が海外で挑戦を続ける理由はどこにあるのだろうか。「私は、やはり規模感ですね。今回の現場もそうですけど、宇宙から覗いても自分たちの仕事の跡が分かる。そんな醍醐味をこれからも感じ続けていきたいと思います」と千田。「規模感もそうですが、自分の寿命よりも長く、この世界で活躍し続ける土木構造物をつくれることにロマンを感じますね」と大澤。そう語る二人は、また次の超大型プロジェクトに挑戦していく。

PROJECT MEMBERS

千田 隆行
TAKAYUKI
SENDA
2002年入社

2004年よりシンガポール赴任を経て、現在はコートジボワール(アフリカ)駐在。
大澤 文彦
FUMIHIKO
OSAWA
1992年入社

2001年より、ベトナム、マレーシア、ロシア、バーレーンの赴任を経てシンガポール駐在に至る。

Off shot

プロジェクトメンバーと賞品をかけてのボーリング大会を開催。ONもOFFも真剣勝負!!

休日にプロジェクトスタッフたちとスポーツを。お揃いのTシャツでチームの団結力を高めます!!

Column

東亜建設工業とシンガポール

東亜建設工業のシンガポールでの歴史は1963年まで遡る。その年、シンガポール事務所を開設し、翌年1964年には浚渫工事を受注。これが東亜建設工業の海外工事の第一歩となった。その後、当時の日本の建設業者が受注した海外工事では東南アジア地域で最大規模となったシンガポールチャンギ―空港埋立工事、ウビンテコン埋立工事など、シンガポールで多くの実績を残してきた。