東亜建設工業

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流通を活性化し、
生産と物流拠点を
つなぐ橋。

INTRODUCTION
瀬戸内海を臨む、倉敷市の水島区と玉島区。その間には水島港に続く、高稜川が流れている。そこに「倉敷みなと大橋」という一本の橋をかけるプロジェクトが立ち上がった。水島区と玉島区における慢性的な交通混雑を緩和させることに加え、大規模地震発生時における緊急物資の輸送経路、避難経路の確保を可能にさせる工事。この巨大工事を取り仕切った二人に完成までの道のりを伺った。
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Construction Projectt

課題を解決できる技術力こそが強み。

「倉敷みなと大橋」の工事は、2010年に着工。水島コンビナートがある水島地区と、国際コンテナターミナルがある玉島地区を結ぶ、2,564mの橋を建設する工事だ。石油化学、石油精製、鉄鋼、自動車など多種多様な産業が行われている水島地区は生産の拠点。それらを物流拠点として出荷しているのが、玉島地区。この2つの地区を結ぶ旧第1橋(水玉ブリッジライン)は、慢性的に交通渋滞が発生しており、貨物輸送の効率化を図るために「倉敷みなと大橋」の建設が必要だった。その建設プロジェクトの中で橋をかけるための橋脚をつくることが、東亜建設工業の役割。本プロジェクトは、競合他社との入札により勝ち取った工事だったが、そこには東亜の技術力というアドバンテージが働いたといえる。2000年に山口県発注の宇部湾岸線厚東川橋梁工事を完工していたことが、受注に大きく起因したのだ。「当初工事の技術提案項目が鋼管杭打設の品質向上方策と安全対策であったため、宇部湾岸線厚東川橋梁での経験を活かし、技術提案の部分で強みを発揮できたと思います」と話すのは、本プロジェクトを担当した畠山だ。入札は金額だけの勝負ではない。その工事が持っている課題を技術力でいかにして解決できるかが、大きなポイントとなる。

そして、無事に受注し、いよいよ工事がスタート。舞台は川の上だ。海洋土木を得意とする東亜建設工業らしい工事だったといえるだろう。しかし、懸念もあったと語るのは、このプロジェクトに作業所長として携わった國原だ。「全部で19脚ある橋脚のうち、当社で担当したのは16脚。職員や作業員の作業船までの移動は、交通船を用いらなければなりませんでした。その移動の煩雑さから、作業効率の低下が懸念点のひとつでしたね」。今回の工事では、こちらで型枠工事、あちらでコンクリート工事といった具合に、橋脚工事を同時に進める必要があった。とはいえ、作業員が行ったり来たりをしていれば作業効率が著しく低下する。「その手間を解消するために用いたのが、1,000tクラスの平台船です。この平台船は、2橋脚の間に係留させて、作業ヤードとして使用しました。これによって、作業効率を低下させることなく、スムーズに施工を進めることができました」と、國原は話す。通常、海や川の上では、風や波の影響があるため台船を係留することはできない。しかしながら、今回の場合は、河口だったということもあり、自然環境に恵まれた。だが、その判断を適切に行うためには、何よりも経験が必要である。國原はこれまで積んできた経験から答えを導き出し、最適な判断を下したのだ。

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現場では、何よりも対応力が問われる。

水中に橋脚をつくる際、橋脚の周りに締切を設け、水を抜いた状態で工事を進めていくのが一般的だ。その締切に使われるのが、この工事のテーマでもあった鋼管矢板と呼ばれる杭。いくつもの鋼管を環状につなぎ合わせ、橋脚の周りを囲っていくという方法だ。その鋼管矢板は締切としての機能と、橋脚自体を支える基礎杭としての機能も兼用する。「担当した工事では、鋼管矢板打設時に、支持地盤は予想よりも弱く、橋梁を支えられないことが分かったんです」と畠山は話す。実際に工事がはじまってからでないと分からないことは多い。だが、今回の様なケースは稀だという。「これは、正直困りました。自分たちだけではどうにもならない状況だったので、本社と連携して、国交省の中国地整と港湾空港技術研究所に相談することに。そして、地盤改良をすることで問題を解決させました」と畠山は続けた。地盤改良を行えば工期が大幅に逼迫することになるが、本社や協力会社、国交省を含め、様々な人と協力することで軌道修正を行っていった。

また、海の上や、川の上で行われる工事の場合、陸上とは違った難しい点が他にもいくつかある。その中で國原が今回特に苦労したと話すのが、コンクリートに関することだ。「陸上工事の場合、工場でつくられたコンクリートは、ミキサー車が運搬します。一般的によく見かける光景だと思いますが海や川の上の場合は、そうはいきません。ですので、ミキサー船というコンクリート工場の機能を兼ね備えた船を使います」と、國原は話す。しかし、使用しているミキサー船は、この工事だけでなく、違う現場(隣接工区)にも使用されていた。そのため、他現場の状況も考えながら手配を行わなければならない。その調整は、施工管理として腕がなるものだ。「一隻しかないミキサー船を効率よく使用するために、隣接工区と綿密に工程調整を行いながら施工しました。どちらの工事スケジュールも把握しなければならない点には、苦労しましたね」と、國原。スケジュール調整にミスが生じれば、無駄なコストがかかってしまう。それに加え、ミキサー船のコストは高い。きちんとスケジュールを組み、工期内に工事を終わらせることは、施工管理の中でも重要度の高い仕事だ。「工期は、国の工事であっても、民間の工事であっても、私たちには守る責任があります。また、予算の中に収めることも、しっかりと考えていかなければなりません。特に国が主導で行っている工事には、税金が使われていますからなおさらです。それでも、時には工法を変更したりしなければならないこともあります。どうしても、コストをかけてまで工法を変更しなければならない場合は、納得してもらえる説明を行う必要がありますね」と國原は話した。工法を変えていくにしても、無駄な税金が使われないように、しっかりとしたストーリーを立てていく必要がある。それもまた、長年の経験があってこそできる判断だ。

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技術を次の世代へ、つなげていく。

作業所長として、このプロジェクトに関わった國原は、「これまで関西空港など、様々な工事に携わってきましたが、このような地図に残る仕事には、大きなやりがいを感じます」と語った。しかし、やはり反省点もあったと話す。「スケジュールも工法も非常に厳しい中での工事だったため、現場サイドの苦労は多かったです。現場では作業を進めやすいように、様々なことを取捨選択していきます。追加工事が必要か、どれくらいの費用があるのか。利益はでるのか。そうしたジレンマの中での交渉術は、身につけなければなりません」。國原がそう言うように、現場代理人である所長は、その現場では社長の代わり。適正価格を提示し、企業としての利益もしっかり確保する。そういった、ビジネス感覚も必要な要素のひとつだ。このように様々なことを考えながらも、無事に本プロジェクトは完工し、最終検査をクリアしての納品となった。「最後の検査を通過して『無事に引き取ります』と言われた時は、安心しましたよね。その後に国交省の方からの評価がありましたが、点数も高く嬉しかったです。自分達がやってきた工事がきちんと認められたということなので」と畠山は笑顔を見せた。

そして2人は、最後に若手に向けてこんな話をしてくれた。「これからは、若い方が様々なことを吸収できるように、現場の環境を整えていきたいと考えています。現場では何が起こるか分かりません。時には残業をしなければならないこともあります。その中で、もっと効率化を図るためには、個々人が力をつけていく必要があると思うんです。みんながレベルアップすれば、スムーズにいいものをつくることができる。そのために、若手の教育には力を入れていきたいですね」と國原。「土木職の社員と接する機会が多くありますので、若手の意見交換会なども積極的にやっていきたいと思っています。そして、より社会貢献度の高い仕事に一緒に携わっていければ嬉しいです」と畠山は続けた。東亜建設工業には、長年確かな経験を積んできたベテラン社員が多い。その知識や技術を継承していくことで、若手が育ち、企業自体も成長していく。そうなれば、さらに多くの社会的意義のある工事も手がけることができるはずだ。全員で成長していくことで、未来は拓けていく。

PROJECT MEMBERS

國原 大輔
KUNIHARA
DAISUKE
1998年入社
畠山 竜裕
TATSUHIRO
HATAKEYAMA
1995年入社

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